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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)24号 決定 1985年6月13日

抗告人 津金信堯

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  抗告人は「原決定を取消す。本件売却を許可しない。」との裁判を求めた。その理由は別紙「抗告理由書」に記載のとおりである。

二1  まず無剰余の点につき判断する。

一件記録によると、有限会社富士研商は、抗告人に対する仮執行宣言付支払命令に基づき、昭和五七年二月四日同人の所有する本件の対象物件である土地・建物(以下本件物件という)に対し強制競売の申立をし、執行裁判所は同月八日強制競売開始決定をしたこと、その後同裁判所の評価命令に基づく評価人の評価書が同年一二月三日提出されたが、それによると本件物件の価額は同年一一月二五日現在で一、七二四万円(土地五四九万五〇〇〇円、建物一、一七四万五〇〇〇円)と評価されていること、なお本件物件には、甲府中央信用組合を権利者とする第一順位の根抵当権(債務者小沢一信、昭和五六年一月三〇日設定、同年二月二日受付第三、四八三号による同設定登記、債権極度額二、〇〇〇万円)、別所初男を権利者とする第二順位の根抵当権(債務者抗告人、昭和五六年三月一〇日設定、同年同月一九日受付第一〇、三一一号による同設定登記、債権極度額七〇〇万円)がそれぞれ設定されており、その各届出にかかる優先債権の額は、前者が一、六〇〇万円とこれに対する昭和五六年三月一日から右支払ずみまでの年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金、後者が一、〇〇〇万円であること、その後第一順位の抵当権者である前記甲府中央信用組合は、法五二条によって変更された配当要求の終期前である昭和五九年七月一二日自らも本件物件について競売の申立をし、執行裁判所は同年八月六日(登記簿上は同年七月一三日)競売開始決定(二重の開始決定)をしたこと、一方先行する本件強制競売事件について、同年九月七日前記評価人の評価どおりに本件物件の最低売却価額が定められ、期間入札により売却手続が進められた結果同年一一月二九日の開札期日に勤労者住宅事業株式会社が最高価買受申出(申出価額金一、八一一万五、五〇〇円)をし、同年一二月六日同社に対し右申出価額による売却許可決定がなされるに至ったことがそれぞれ認められる。

以上の事実によると、優先債権の額は、前記各抵当権者のそれのみでも評価人の評価額を大幅に上廻るものと認められるから、執行裁判所としては遅滞なく民事執行法六三条所定の措置を講じなければならずこれを看過して競売手続を進めたことは違法というべきである。

しかしながら前認定のとおり、本件においてはそのまま手続が進められれば前記売却代金の配当に与かるべき優先債権者である第一順位の抵当権者の申立により後行の競売開始決定が既になされているのであり、しかも一件記録によると後行の手続によっても売却条件に変りはないことが認められるから、たとい法六三条に定める手続が履践されないまま売却手続が進められたとしても、最高価買受申出人が決定した以上、もはや無益な執行としてその手続を取り消すべきではなく、執行裁判所としては売却を許可し、その後の手続を進めるべきものと解するのが相当である。

よって無剰余による売却許可決定取消しの主張は理由がない。

2  次に抗告人は、評価人による評価の時点と売却の実施との間に二年の期間が経過しているから、右評価に基づいて最低売却価額を決めたのは違法である旨主張する。さきに認定したところによると、評価時と最低売却価額を決めた日との間に一年九ヶ月余、売却を実施した日との間には二年前後の期間が経過していることが明らかであるが、右期間が経過したことによってその間に建物をも含む本件物件の時価が上昇し、そのため前記最低売却価額が著しく低額となったと認めるべき資料もないから、同最低売却価額を基準として売却手続を実施したことが違法であるとまでいうことはできず、また一件記録によってもその他右価額を増額変更しなければ執行手続として著しく不当であるとの事情を認めることはできない。よって右主張も理由がない。

3  さらに抗告人は、小沢文明の本件物件中の建物の占有権限を賃貸借と認めなかった点で、執行裁判所の物件明細書の作成手続には重大な誤まりがある旨主張する。しかしながら物件明細書の記載は同人の占有権限を確定するものではないし、また賃貸借が使用貸借と物件明細書に記載されたとしても、抗告人の執行手続における債務者・所有者としての権利が害されるわけでもない。したがって抗告人が右主張を本件売却許可決定に対する執行抗告の理由とすることは法七四条一項により許されないというべきである。

よって右主張も採用できない。

4  その他一件記録を精査しても、本件売却許可決定を取消して、右売却を不許可とすべき事由は見当らない。

三  よって本件執行抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小川昭二郎 裁判官 鈴木經夫 佐藤康)

<以下省略>

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